ご由緒

大宮神社と日本武尊
社伝によると、
大宮神社の社名は広大な境内に由来し、
鎮座は景行天皇の御代、
日本武尊(ヤマトタケルノミコト)が
御東征された折りの御創建と伝えられます。

大宮神社と源頼朝伝承
源頼朝は、治承四年(一一八〇年)石橋山の戦いに敗れて、真鶴岬より海路を安房国へ渡り、千葉氏を頼って上総へと北上しました。
その道すがら、当社に戦勝祈願の幣帛を奉ったと言われております。記録によると、当時養老川は当社の西南を流れ、毎夕高瀬舟が往来し白波が打ち寄せていたといいます。当時の古い歌にその光景が詠まれております。
大宮へ参りて西をながむれば
二た瀬の川に立つは白波
戦勝祈願に訪れた源頼朝は、この古歌を本歌にして、自ら和歌を詠んだと伝えられております。
源の清き川瀬に禊ぎして祈る誠を神や享くらむ
やがて、源頼朝は平家を追討し、征夷大将軍に任じられました。神の守護を深く感謝した頼朝は、その後たびたび家臣を遣わして、大宮神社に報賽の誠を尽くしたと言われております。
ご由緒
小田原の北条氏が戦勝祈願のため太刀一振を奉納しています。
江戸時代には開運・殖産・農業・漁業の守護の御神徳により、近隣二十八村の総鎮守として庶民の信仰を集めました。
現在の御本殿は、三間社流造りで、棟札などには江戸時代に数度にわたる改修が行われた記録が残されています。
なお、現在の拝殿は昭和三十九年の再建、平成八年には翼殿が増築されました。その時、拝殿の天井に四季の絵を始めとする絵画が奉納されました。

御祭神

御祭神(ごさいじん)
國常立命(くにのとこたちのみこと)
国土地盤形成の概念より生じた神。国土に永遠に留まり国の根源をなす神。
天照皇大神(あまてらすすめおおみかみ)
皇室の御祖先神。太陽のように光り輝く御神徳で高天原を治める神。
大己貴命(おおなむちのみこと)
別名、大国主神。国土開拓の神であるとともに、農業の恵みを授ける神。